植藤造園

SANOTOUEMON

佐野藤右衛門

古く仁和寺御室御所に仕えた家の十六代目。

イサム・ノグチ設計のパリの日本庭園や京都迎賓館の作庭に携わるいっぽう「桜狂い」と称されながら、
私財を投じて日本全国の桜の調査、苗の保存に尽くした祖父、
父の志と情熱を継ぎ自らもまた、稀代の桜守、花咲爺として国内外を飛び回る。

話し上手の遊び上手、手すさびに琴や尺八を奏でる粋人でもある。

次世代に伝えたいこと?当節、何か言うたらセクハラ、 パワハラ、そうでなければ差別語で使うたらあかんという。それで何を伝えますのや? 今の日本、原理原則を言うと大騒ぎや。男女平等、雇用機会均等と喧しいことやが、そしたら男が子ども産めるの か? 男女は人間としては平等。けれど、それぞれに違う 役割を持ってる別の生き物なんや。構造が違う。そういう違いは生き物なら皆、心得て、それぞれうまく交わりながら地球上が成り立ってるわけや。それを人間だけがやいのやいのと言う。脳が進化して体が退化しとるけど、人間も動物。それなら、動物の原則に沿うのが自然の理やろう。

本質を忘れ、うわべばかり取り繕うそれをしてる間は、日本は駄目や

「子どもの育て方も間違うとる。鳥でも、猿でも、自分の子は、ある程度になるまでは親が責任持って育てるもんや。中にはカッコウみたいに、他所の巣に卵産んで育てさすのもいるが、普通は、手もとから離さず身を削ってでも育てる。それが今は、託児所か保育所か、幼稚園か知らんけど、乳飲み児から他人に預けて、それが足らんと大騒ぎや。そうして他人任せにしておいて、大きいなって親の言うこと聞かんて、それは当たり前やろう。
抱っこ紐とかいうのもケッタイなモンやね。あれでは子どもはいつもバックで進む。親子で逆の景色見ながら進むわけや。猿でも、カンガルーでも、親子は同じほうを向いてるやろ? この国でも昔の母親は皆、子どもを背にくくりつけて、背中の子どもは母親のぬくもりやら、逞しさやらを感じながら、同じほうを向いて育った。それが本来と違いますか?この考えが正解かどうか知らん。けど、わしはそう思てます。「三つ子の魂、百まで」とか「鉄は熱いうちに打て」とか、最近はそういう話、格言にまで文句がついて、使うなと言うらしいが、そのうち、子どもに教える言葉も、事の良し悪しをさとす術も無くなってしまうわ(笑)。
原理原則、事の本質を忘れて、うわべばかり取り繕う、そんなスカタンなことしてる間は、日本は駄目や。

「花には皆「色気」がある、姥桜には「色香」がある

桜に姥桜という表現がありますな?このひとこと聞くだけでも、女性蔑視のなんのと、良えように受けとらん人が多いけど、これも実は違う。
なるほど姥桜と言われるほど歳のいった桜は、幹は皺くちゃです。けど、わずか残った枝に咲かせる花には「色香」 がある。花にはみんな色気があって、若い花がパーッと開いた時には、そら、ものすごい色気ですわ。けど、この「色香」はなかなか出ませんのや。姥桜は、自分で枝や幹を少しずつ枯らしながら花をつける。調整せんと体がもたへんからね。知恵を働かせて永らえるから、皺くちゃの幹に風格がある。そこに花がほろりと咲いて「色香」を放つ。なかなか姥桜にはなれへんぞ、というのはそこですわ。
染井吉野では、こうはいかん。あれは人間が勝手に増やした桜やからね。もとは染井吉野も天然交配して生まれた一種の突然変異で、一本しかなかったものですが、たまたま、成長が早い、花がいっぱいつく、接ぎ木がしやすい、というので人気が出て、今や、日本中、桜といえば染井吉野と思うてる人も多い。けど、この桜は人工的に増やしたもので種がない。最近の言葉でいうところの「クローン」ですわ。これ言うとまた怒られるけど、制服着た整形美人みたいなもんや。それを人間の都合で、あちこちに植えただけです。そやから九州の桜も、東北の桜も、染井吉野はおんなじ顔してるんです。
種がないから、花に蜜が出ない。蜜を欲しがる虫も、実を食べる鳥も来ない。すると本来、桜と一緒に暮らしてるはずの虫や鳥、自然に共同生活するものも減ってくる。それで生態系が変わってしもうてるんです。
そうであっても、植えた限りは面倒見てやらなあかん。 日本古来の山桜というのは、もともと自分が育ちやすいところに根をおろしてるから放っておいても育つ。けど植樹した染井吉野は人間が関わらんと生きていけん。もうちょっと説明すると、接ぎ木や挿し木でしか増えん染井吉野には「幹」がない。太い木に見えても、あれみんな「枝」で、年輪もないんですわ。桜は枝枯れをしながら成長するもんやから、枝しかない染井吉野は寿命が短い。自力で跡継ぎも残せん。そういう桜で並木を作り、名所を作ってるのが今の日本です。それでも人の都合で植えたのなら、人が最後まで面倒見てやらんといかんのです。ええとこ取りで、綺麗な時だけチヤホヤするのでは、可愛そうや。

ここまで来たら、もう戻らん行き着くところまで行って、考えるしか─

しかしこんなふうに、今の人らが物事の理屈、成り立ちを考えんようになってるのも、致し方ないことかも知れませんな。考えんでも生活に困らんのやから。風呂ひとつでもそうや。わしらの家は五右衛門風呂やから、水を入れて、薪を燃やして、かんと風呂には入れん。けど今、そんな家、 ありませんやろ。スイッチポンで湯を張るだけ。
仕事の現場でもそうですわ。石や木を運ぶのでも、すぐ道具やレッカーに頼る。それが使えんとなったら、たちまちお手上げです。それに今は、職人と違うて技能士や。小さな帳面みたいな免許書ひとつで、経験や中身が違うても 皆、一緒の扱い。わしも植木屋の親方と違うて正式な職業欄には会社役員と書くらしいわ(笑)。免許とか、資本金とか、従業員の数とか、そんな看板や数字ばかりでものを測りたがる。昔はもっと、人を見た。「せめて、あの人の足元くらいには」と寝る時間削っても励んだ。けど今、それしたら過剰労働、とくる。そのくせ古いもの守れだの、文化財守れだの。どうして守るんや、ちゅうねん。一事が万事、そういう始末ですわ。受け継ぐべきものも相続税の為にバラバラにされて、先祖伝来も父子相伝もあるか。
伝わらんのと違う。わざわざ、伝えられないように、してしもうてるのや。今の若いもんが悪うなってるのやない。「考え違い」をさせる制度、教育、そこに責任があるんですわ。
ここまで来たら、もう戻らん。新幹線やリニアでもそうやろうけど、スピードを速めることはできても急ブレーキはかけられんのと一緒。いっぺん行き着くところまで行って、そこで考えるしかないのやろうと思います。
温暖化で災害がどうとか言うが、大きい災害は昔からあった。台風も、洪水も、何べんも来てる。けど昔は、常に勘を働かせて、それでも川や山や海が暴れる時は、人は素直にそこから退いた。大自然と戦うても無理なことを心得てたんですわ。動物は今もそうですやろ?山崩れや津波で、動物や魚の死骸がゴロゴロ出た話は聞きませんわ。 身を守るには自分で逃げる。人間だけが、機械任せの予報や防御策に頼りきって、それを越えることが起こると、行政の対応が遅かったの何のと騒ぐ。その身勝手を繰り返す限り、ツケは必ずまわってくるー。
むろん、違う意見もありますやろ。先にも言うたように わしの考えが正解かどうか知らん。けど、せっかく話を聞きに来てくれたのなら、世代が違うおじいの言うことはようわからん、と書いてええから、上っ面の綺麗ごとでは纏めんといてくれ。それだけですわ。

さのとうえもん 造園家

1928年京都生まれ。京都府立農林学校卒。天保3年(1832)創業の植木職「植藤」(植藤造園)の当主として、16代目佐野藤右衛門を襲名。桂離宮、修学院離宮の整備や京都迎賓館の作庭など国内の仕事に留まらず、バリのユネスコ日本庭園をはじめ各国の日本庭園の施工を手掛ける。その功績を認められユネスコ本部からピカソ・メダル授与。主な受章に「勲五等双光旭日章」、「黄綬褒章」など。「さくら大観」「京の桜」「桜のいのち庭のこころ」など、桜に関する研究書、著書も多数。

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