植藤造園
ウエトウの植木屋仕事
2013.5.25

暮らすところを創る ④ 石張り – 完成 –

とうとう最後の大仕事となります。広場の石張りです。
正月開けて早々、真冬の一番寒い時期に、現場は始まりました。
最後の絵を描いた時に、会長はここがどんな場所になるのかイメージを教えてくれました。
( 関連ブログ 『暮らすところを創る ① 土壌』『② 植栽』『③ 石材選出』 )
「この竹の中をなぁ、着物を着た女が笛吹いて、石張りのとこで琴を弾いたら、優雅やなぁ」
― 暮らすところを創る ― ために、職人は腕を揮います。

この空間は道路から見て、背景には竹が植わり、右手には梅が植栽されています。
工事の都合上、石張りの前に既に植栽が成されていました。
一つのまとまった空間とするため、工事が始まる前に会長は何度も現場の写真を見ていました。
何をどこにどう据えていくか、と考えていたそうです。

石をコツコツ張っていく景色、目地を入れている景色。
私には出来ないけど、この景色が私は好きです。
アトリエに絵の具が散らばっている風景を愛おしいと、感じていた頃を思い出します。
台所で母親が、料理をしている風景に似ていると思います。
職人はとても漢気がある人たちばかりですが、仕事自体はとても女性的だと感じます。
気遣いが景色として表れていきます。
静かで、愛おしい時間がそこに流れていると、感じます。
石張りはまだ体を動かしますが、目地入れは殆ど体を動かしません。
時は一月。極寒です。

最後の方はテント小屋を張って、ストーブを付けて寒さを凌いでいたとか。
寒い中、本当にお疲れ様でした。
この工事は、弊社の職人だけでなく、広島の職人さんもずっと一緒に仕事をしていました。
広田造園の皆様、ありがとうございました。
「ワシがしっかりしている内に、若いもんを育てんとなぁ。」
会長がポロリと漏らした一言。でも、目はギラギラしていました。
その言葉は最初、うちの職人に対しての言葉だと思っていましたが、
会長が関わる、会長よりも若い人みんなに言っている言葉でした。
そうして、工事が完成しました。

雑誌の『隨縁放談』という連載記事の中で、会長はこんな話をしています。
「広島は原爆によって、それまで伝承されていた豊かな文化が失われてしまった。
そのことを開発会社の方はよく分かっているので、精神的支柱となるような
場所を創ってほしい、と言われ熱意に応えた。」
私は、帰国子女であるため常に日本という国を、外から見ています。
中から皆さんと同じように感じ取ることは難しいですが、その言葉にピンとくるものがありました。
日本に来たとき、「どうして日本人には、日本人としてのプライドが無いのだろう」
と幼いながらに、疑問を感じたものです。そして私なりのその答えは
「鎖国から開国し、第一次世界大戦の勝利の後、第二次世界大戦の大敗を経て、
この国の人たちは、プライドを無くしてしまった。高度経済成長期に一気に欧米化して、
今、自国の文化が解らなくなって混迷しているのだろう。」というものでした。
傷を克服するために、ここまで最低限の基盤を作るのに、努力するので精一杯だった広島。
開発会社の方と会長は、そんな広島に文化を継承できる場所を創りたかった、ということです。
傷が露呈された場所でなく、それ以上に、文化的に精神的に強く豊かな場所へと、今後
成長するための、基盤を創りたかった、ということかもしれません。

美しい景は、人の心を豊かにします。
豊かな精神は、文化を生みます。
戦国時代に文化が混迷し、平安な江戸時代には文化が生まれました。
歴史は繰り返します。
これから、私たち一人一人が、お互いを気遣って、文化を生むために笑いながら
ゆったりと努力ができたら良いのかもしれません。
それが、大戦を経て自国を成長させてきた、この日本という国で生きる私たちの、
ご先祖様に対する儀礼かもしれません。
ところで、先日。

会長と広島へ現場を行くと、「杜若(かきつばた)の時期は、花を活けてお茶会を」という話になり、
急遽、お茶会が開かれました。
出張に行ったのに、仕事もせずにお茶に呼ばれてしまったわけですが。
ふと、私は「こういうことなのかもしれないな」 と、思いました。
暮らすところを創る、というのは。
文化を創れる場所を創出する、という事なのではないでしょうか。
会長はこの仕事が始まった頃 私に、
「現代人は、住んでいるだけや。暮らしてない。」と何度も話して下さりました。
「暮らす」という言葉には、ゆるやかな時が流れ、笑いながらも静かな優しい空気を感じます。
「住む」という言葉の中には「暮らす」という言葉ほど、ゆるやかさがなく、固く感じます。
少し、義務的というか、必要最低限な感じがします。
「文化」とは、人と密接な関係にあることで、高尚なものではなく、自然に受け入れられ、
優しくゆったりと、継承されていくものなのでしょう。
きっと、答えも応え方も人それぞれなのでしょうけれど。
私たち一人一人がそんな場所を創っていけるよう、優しくゆったりと生きたいものです。

そしてこの場所が、ここで生活をしていく人たちにとって、そういう「間」の出来る場所へと、
こころの拠り所のような大切な場所へと、愛され育まれて欲しいと願います。
最後に、この素晴らしい仕事をさせて下さった、西広島開発様と広田造園様に心より感謝致します。
(株)植藤造園 設計 ブログ担当者

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